October 27, 2010

主治医と言う考え方







「ワタル君は和紙の主治医」
ってことを言ってくれたのは
綾部の蕎麦屋「そばの花」の店主。

「大工は○○建築
 左官は○○さん
 電気は○○で
 薪ストーブは○○君
 そば粉は○○で
 米は○○さん
            ・・・・」


木と紙と古いもの展のテーマ、“風化”を考える時
風化とは生きつづけようとしてきたものに与えられた状態(又は美)という結論になり
そんなことを考えている時
この主治医と言う考え方は
とても理にかなっていた。
そして、大量生産、大量消費が進む中で
僕達が忘れようとしているものの考え方かも知れない。
「壊れたら、買ったらええやん」
的な発想は
何か大切な人と人のつながりをも消しているようにさえ感じる。

モノが美しく風化へむかう時、
そこにはずっと人の目や手、自然界の秩序が必要なわけで
丁寧に使う
壊れたら修理してもらう
もっと長く使う
次の世代に受け継いでいく
モノがモノとして生き続けていく
という中で
かかわっている人のつながりの大切さのようなものが
ズシって感じた。

(そうか、この展覧会で伝えたいことがもっと明解になってきた。)


和紙に呼び寄せられて
綾部という田舎町の
ずっと田舎の方に暮らしているのですが
この地で学ぶことが多く
学ぶところはというと
人の縦つながり、横つながりの交差点
と言う場合が多い。
物事を考えたり、感じたりするのに
おじいさんやおばあさんから子ども達という縦の流れと
仕事仲間や友達といった横の流れがあり
どちらも大切でうまく意識したところに自分を置くと
すーっと筋が通った爽快感や安心感が得られるような気がする。

じっと考える。

世の中、そんなにモノはいらないよ。
大切に使いたいモノがあればそれで充分ではないかな?
それだけで、いろんな人やモノとつながれる。


去年、富井君の出した作品に
塗装のしていない栗のお盆があった
ぬか袋がついていて
「気が向いたら、この布で磨いてください」
僕の知人が、そのお盆を購入したのですが
「気が向いたら磨いていますよ。だいぶんええ色になりましたよ」
って言ってくれる。
ずっとずっと使ってくれるであろうそのお盆は
美しく、枯れて、風となっていくのでしょう。




*「土にむかうひとびと」ではあじき堂のお蕎麦の日(6日.7日)がありますが
 その日は行けないという蕎麦好きの方は
 「そばの花」がお薦めです。
 会場から車で5分程度走ったところにあります。
 今は北海道の新そばが二八又は十割で食べることができます。
 建物はこの辺りの昔の民家を改装しているので
 どっぷり綾部を堪能してもらえると思います。

 そばの花・・・京都府綾部市上八田町舘の前1




(ハタノワタル)




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